世の中の皆さんにとっては、物書きなんて怪しい人に決まってますので、引越しをするとしばらくの間、ご近所からは怪訝な視線を浴びることになります。連れ合いと一緒に暮らすようになって最初の10年間くらいは、2、3年間隔で住まいを変えていたため、怪訝ビームの浴びっぱなしでした。
それでも掃除当番や町内会の寄り合いなどに時々顔を出すようにしていると、少しずつご近所とも顔なじみになり、「怪しいには変わりないけれど、悪い人たちではなさそうだ」という顔をしてもらえるようになってきます。子ども会の仕事をきっちりやり遂げた連れ合いも、しまいには主婦のアイドルとなり、お買い物袋を抱えて戻ってくると、皆が声をかけて手を振ってくれるまでになりました。
会うたびに「絵を書いて暮らすのは大変なことでしょう」と同情してくれるおばあさんがいて、何度も訂正したのですがどうも主旨が伝わらず。面倒になって「ええ、大変なんですよー」と素直に従うことにして、引っ越すまで連れ合いをずっと絵描きのままにしてしまったこともありました。都心から離れれば離れるほど、仕事で使っている言葉は伝わらなくなり、意味すら成さなくなり、物書きでも絵描きでも、まあどっちでもいいか・・と思えてきて、自然薯を分けてもらって幸せな気分でゆらゆら帰るというような精神状態になってしまうようです。
東京から車で3時間程度、日帰りもナントカできるかなという距離感の場所では、リタイア族やわたしたちのように他所から来て済んでいる方々も比較的多かったです。修善寺の別荘地に暮らしていたときは、お隣(といっても、200メートルくらい離れているのですが)にフランス帰りの本物の画家のご夫婦が住んでいました。そこのおうちは土足スタイルで、フランスの小物が家中にたくさん飾ってあり、絵の具とアートの匂いがぷんぷんして、まさにお洒落を絵に描いたような家でした。ときどき遊びに行き、挽きたてのコーヒーの香りに全身包まれながら、フランス製の陶器を破壊しないよう子供を拉致しつつコーヒーをご馳走になったりしていました。
道と空き地をはさんだお向かいのログハウスにはアメリカ人と日本人とのご夫婦一家が住んでいて、散歩をしているとすぐそこのご主人につかまり、「僕は心臓が弱くていろんな薬を飲んでみたのだが効かない。どうすればよくなるのだろう」といった話に付き合わされたりしていました。「海草食べれば。血にいいらしいですよ」「それはなんだ、よく効くのか?」「た、たぶん・・」 からかっているのか、からかわれているのか分かりませんでしたが、このご主人とは結構気があって、連れ合いもよくおしゃべりをしていたようです。
この別荘地にはさらに謎めいた一風変わったヒトビトが多く暮らしていて、普通でない事件も数多くありました。そのときの事件の数々は別ブログでも作ってぜひ書きたいと思っています。
ところで、山あいに暮らしていると、狸だとか、鹿だとか、キジだとか、大量の虫だとかのワイルドなビジターもたくさん訪れます。相模湖に近い山あいで暮らしていたときは、顔がひょーと長いごっつい動物が、猫の餌を狙って数日続けてやって来ました。大型犬サイズの見たことのない動物だったです。動物というより、獣って感じ。でも我が家の猫達から猫キック攻撃を浴び、ひーんとお山に逃げていきました。恐るべし猫キック。しかし、写真を撮っていなくて正体を突き止められず、ほんとに残念です。(狸やハクビシンかもしれないとそのときは思ったのですが、後日狸もやってきて、ハクビシンの剥製も見る機会があって、どちらもぜんぜん違うってことが分かりました。)
大きなサルが大きな音を立てながら、庭と屋根の上を走り回ったあげく、隣の犬を犬小屋に追い詰めてゆっさゆっさと小屋をゆすっていじめていたこともありました。ほかにも朝起きたら、家の壁やら地面やらが、足がたくさん生えた虫でうめつくされていたりとか。いやもう年がら年中、自然界には事件が起こっているので、そういう意味ではぜんぜん退屈しない生活だったです。
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