今じゃフリーランスも普通の人になってきましたが、ちょっと前まではそうじゃなかった時代もありました。結婚を目前にした連れ合いの仕事仲間から、「未来の奥さんになる人が、自由業でどうやって暮らしていけばいいのか不安がっているから、一度話をしてくれない?」と頼まれ、不定期に入ってくる収入でどうやって生計を立てているのか、ざっくり話をしたことも。
かくいう自分も、物書きやエディトリアルデザイナーやらの自由業の家族が中心になってときどき開いていたパーティで、よく先輩ミセス軍団にいろいろと教えてもらってました。仕事や制作や活動など、それぞれが自分の世界を持っていてカッコよい人が多かったです。どの家も人が集まることが多いので、パーティ用のお料理なんかも伝授してもらったり。駆け出しの主婦のころは確定申告のコツなんかも教えてもらいました。
週末になると子連れの家族組も加わって、遠く海を眺めながら庭先でバーベキューをしたり、夜の野外で音楽やコンサートのビデオを流しながら火を焚いたり。思い返すとちょっと映画の1シーンみたいな感じの集まりもありました。新顔、古くからの友人、学生。仕事のネタを探している人。確信を探している人。自分を探している人。何も探していない人や何しに来たんだか分からない人。ミセス軍団はそんな中で、上手に全体の舵取りをしながら、キッチンに入れ替わり立ち代りしつつ自分たちの時間を楽しんでいたものです。
その空気を言葉で表現するとしたら、開放感 with スタイル・・だったです。年齢にも幅があり、いっそう会話は深みがあって、かつ自然体でした。ときに大爆笑をしながら、でもときどき黙って音楽を聴きながら。
その後の世界と何が違っているのかなあとつらづら考えるに、強い女性が多かった。私生活も山あり谷あり波乱ありの業界ですから、自然とそうなってしまうのかもしれないですね。でもひとりひとりに憧れを抱ける部分があるような集まりだったです。
何年か経ったとき、わたしもこういう女性になりたい・・と思ったものでした。もちろんなれっこありませんけれど。でもせめて彼女に認めてもらえるような、さりげなくて強い自立した人間になりたいなどと考えていました。まだまだ可愛かったですね。
Friday, May 18, 2007
Wednesday, May 09, 2007
2-4 読者との繋がり
連れ合いはときどき講演会に出かけていって、あることあること喋ってきます。読者との触れ合いによって得るものは多いようです。
紙媒体における文章の場合、出版して自分の手を離れてしまうと、ある意味もう「自分のもの」ではなくなります。それは読者に「共有されるもの」であり、縁あってそれを読んだ人は、受け取ったものを心の中に留め置くか、忘れ去るか、消化したのち別の形で伝えていくことになりますが、そこに存在するのは書き手ではなく言葉が意味するところのもの。筆者の思い入れなど伝わらないと考えておいたほうがむしろ良いのかもしれず、もう二度と「自分のもの」にはなりえない。悲しくも希望に満ちた運命を抱えつつ、われらが本たちは旅だっていくわけです。
で、そうやって自分がかつて書いた文章が、読み手とどの部分で交わり、共有されるのか。読者との接点を持つことで物書きは初めて知ることになります。もちろん受け取る内容は読む人によってそれぞれ違うので、1つの物語は読んだ人の数だけの物語となる。それは言葉の持つ不思議な力のひとつでもありますよね。
連れ合いは、メジャークラスの講演会であればあるほど、参加している人に幅があり、どこから話せばいいのか見極めるのが難しいと言います。なので内容にもよりますが、メンバーをフィックスさせて連続数回にわたって開かれる勉強会などのほうが有効であると考えているようです。
以前は物書きと読者の距離は遠く、出版社経由でお手紙をいただいたり、突然電話がかかってくるといったこともありました。アポなし訪問もたまにあり、面食らいつつ慌てて部屋を片付けたことも。全体的に「唐突」という印象で、個々と話をしていても書き手と読み手の距離を感じさせるものがあったように思います。
けれど最近はブログでリアルタイムの声を更新することができるようになり、出版社経由でなくても直接コンタクトをとれるようになり、コメントを書き込む人々の間で会話が広がったり、MLやSNSでネットワークが作られるなど、それぞれの繋がり方も変わってきました。
それとともに、以前よりも直接お目にかかったときの距離感は確実に縮まっていますし、単に「書いた人」と「読んだ人」という力学的な関係ではなくて、いくつかのテーマによって繋がった人々の輪であり、集合の知を作るための共同の作業という雰囲気が感じられるようになってきています。
20年前の書き手と読み手との関係を考えるとこれは大きな変化だなあと思うわけです。WikipediaやGoogleによる「人間の知」に対する試みもその集大成という感じですが、インターネットが果たした役割は数十年後、振り返ったときにどのように位置づけられるのでしょう。もうそのころは生きていないかもしれないけれど、変化そのものを今こうして目撃できていることに感謝。
紙媒体における文章の場合、出版して自分の手を離れてしまうと、ある意味もう「自分のもの」ではなくなります。それは読者に「共有されるもの」であり、縁あってそれを読んだ人は、受け取ったものを心の中に留め置くか、忘れ去るか、消化したのち別の形で伝えていくことになりますが、そこに存在するのは書き手ではなく言葉が意味するところのもの。筆者の思い入れなど伝わらないと考えておいたほうがむしろ良いのかもしれず、もう二度と「自分のもの」にはなりえない。悲しくも希望に満ちた運命を抱えつつ、われらが本たちは旅だっていくわけです。
で、そうやって自分がかつて書いた文章が、読み手とどの部分で交わり、共有されるのか。読者との接点を持つことで物書きは初めて知ることになります。もちろん受け取る内容は読む人によってそれぞれ違うので、1つの物語は読んだ人の数だけの物語となる。それは言葉の持つ不思議な力のひとつでもありますよね。
連れ合いは、メジャークラスの講演会であればあるほど、参加している人に幅があり、どこから話せばいいのか見極めるのが難しいと言います。なので内容にもよりますが、メンバーをフィックスさせて連続数回にわたって開かれる勉強会などのほうが有効であると考えているようです。
以前は物書きと読者の距離は遠く、出版社経由でお手紙をいただいたり、突然電話がかかってくるといったこともありました。アポなし訪問もたまにあり、面食らいつつ慌てて部屋を片付けたことも。全体的に「唐突」という印象で、個々と話をしていても書き手と読み手の距離を感じさせるものがあったように思います。
けれど最近はブログでリアルタイムの声を更新することができるようになり、出版社経由でなくても直接コンタクトをとれるようになり、コメントを書き込む人々の間で会話が広がったり、MLやSNSでネットワークが作られるなど、それぞれの繋がり方も変わってきました。
それとともに、以前よりも直接お目にかかったときの距離感は確実に縮まっていますし、単に「書いた人」と「読んだ人」という力学的な関係ではなくて、いくつかのテーマによって繋がった人々の輪であり、集合の知を作るための共同の作業という雰囲気が感じられるようになってきています。
20年前の書き手と読み手との関係を考えるとこれは大きな変化だなあと思うわけです。WikipediaやGoogleによる「人間の知」に対する試みもその集大成という感じですが、インターネットが果たした役割は数十年後、振り返ったときにどのように位置づけられるのでしょう。もうそのころは生きていないかもしれないけれど、変化そのものを今こうして目撃できていることに感謝。
Sunday, May 06, 2007
2-3 横の繋がり
物書き同士の話を聞いているのは楽しいです。
あるときは東京近郊の物書きの友人宅の庭で焚き火をしながら、またあるときは信州にたたずむ丸太小屋のスウェーデン製のストーブの周りで、そして我が家のテレビの前の雑然としたじゅうたんの上で。地球上のどこでも彼らはえんえんと語り合っています。政治のこと、社会のこと、ネットのこと、文化のこと、ライフスタイルのこと。
「時代をこう切り取ってみたときにね、自分はこう考えるんだけども・・」と、世の中に発表する前の自分の考えについて同業者の意見を聞いているようでもあります。物書きとはいわば共感を得る仕事でもあるわけなので、その切り口が自分だけの思い込みでないかどうか、プロの物書き同士で確認しあっているということなのかもしれません。
書くことが専門なのですから、寡黙な方も必ずやいるはずなのですが、わたしのまわりの物書き業の皆さんはどうも饒舌タイプ。類が友を呼んでいるのかもしれませんが、でもやっぱり物申したいことがあるから物書きや作家になっているということなのだろうなーとも思うわけなのです。
週刊誌で仕事をしていたときは、毎週決まった時間に編集者のお抱えライターが集結、ひととおりページ構成と分担する記事の打ち合わせを行った後、それじゃ行きますかと、皆で近場の飲み屋さんに移動し、とめどない情報交換をしてから、9時ごろ編集部に戻り、赤い顔しながらパタパタキーボードを叩くというのがお決まりのパターンでした。で、深夜に原稿を書き終えると、終わったもの同士でタクシーに乗って六本木などに行き、明るくなるまで情報交換大会の続きをします。
たくさん話したうちのたいていのことは忘れてしまったりするけれど、思いがけず心に響いたりヒントになることもあったりして、そうやって知性に刺激を与え合いながら、また散り散りになってそれぞれのライフワークに戻っていく。もちろんそんなこと何十年もやっていたら身体持ちませんけど、でもあのころの横の繋がりは、プロとして記事を紡いでいく姿勢とか、事実への見方の違いを意見しあう面白さとか、人生何が悲しいことで何が楽しいことなのかとかを考えるとても良い機会になったと思っています。
サラリーウーマンになって、このキャッチボールをする機会がほとんどないことに気がつきました。ビジネスのなかには核心に触れる話題をするための要素があまりないため仕方がないのだと思いますが、自然とボールを投げる機会が日常生活の中から減り、深い話をするきっかけを失ってしまうのは少し残念だなあと思いました。
結局、5年間会社勤めをしていた間に、仕事においても、そういう意味で人間臭い人には一人しか出会えませんでした。深い人間が少ない・・ということでは決してないので、コミュニケーションのとり方がマスコミ界とはぜんぜん違うことを痛感したわけです。
物書きとの口論など、状況によってはうっとおしいことも無いわけじゃありませんけれど、考えることを生業としていくことは、それを避けられない状況に常におかれるということでもあります。だから逆にそうじゃない状況にあるとき、うっかり考えることを諦めてしまわないようどこかで自分を見ている必要があるのかもしれないなあと。
ところでお喋りを続けていくためには、互いに「言葉を共有している」必要があるのですよね。考え方や生きてきた世界によって、共有している言葉の数は自然と変わってくるのものですが、はじめからたくさんの言葉を共有できている人との出会いも稀にあります。それは嬉しい出会いです。
あるときは東京近郊の物書きの友人宅の庭で焚き火をしながら、またあるときは信州にたたずむ丸太小屋のスウェーデン製のストーブの周りで、そして我が家のテレビの前の雑然としたじゅうたんの上で。地球上のどこでも彼らはえんえんと語り合っています。政治のこと、社会のこと、ネットのこと、文化のこと、ライフスタイルのこと。
「時代をこう切り取ってみたときにね、自分はこう考えるんだけども・・」と、世の中に発表する前の自分の考えについて同業者の意見を聞いているようでもあります。物書きとはいわば共感を得る仕事でもあるわけなので、その切り口が自分だけの思い込みでないかどうか、プロの物書き同士で確認しあっているということなのかもしれません。
書くことが専門なのですから、寡黙な方も必ずやいるはずなのですが、わたしのまわりの物書き業の皆さんはどうも饒舌タイプ。類が友を呼んでいるのかもしれませんが、でもやっぱり物申したいことがあるから物書きや作家になっているということなのだろうなーとも思うわけなのです。
週刊誌で仕事をしていたときは、毎週決まった時間に編集者のお抱えライターが集結、ひととおりページ構成と分担する記事の打ち合わせを行った後、それじゃ行きますかと、皆で近場の飲み屋さんに移動し、とめどない情報交換をしてから、9時ごろ編集部に戻り、赤い顔しながらパタパタキーボードを叩くというのがお決まりのパターンでした。で、深夜に原稿を書き終えると、終わったもの同士でタクシーに乗って六本木などに行き、明るくなるまで情報交換大会の続きをします。
たくさん話したうちのたいていのことは忘れてしまったりするけれど、思いがけず心に響いたりヒントになることもあったりして、そうやって知性に刺激を与え合いながら、また散り散りになってそれぞれのライフワークに戻っていく。もちろんそんなこと何十年もやっていたら身体持ちませんけど、でもあのころの横の繋がりは、プロとして記事を紡いでいく姿勢とか、事実への見方の違いを意見しあう面白さとか、人生何が悲しいことで何が楽しいことなのかとかを考えるとても良い機会になったと思っています。
サラリーウーマンになって、このキャッチボールをする機会がほとんどないことに気がつきました。ビジネスのなかには核心に触れる話題をするための要素があまりないため仕方がないのだと思いますが、自然とボールを投げる機会が日常生活の中から減り、深い話をするきっかけを失ってしまうのは少し残念だなあと思いました。
結局、5年間会社勤めをしていた間に、仕事においても、そういう意味で人間臭い人には一人しか出会えませんでした。深い人間が少ない・・ということでは決してないので、コミュニケーションのとり方がマスコミ界とはぜんぜん違うことを痛感したわけです。
物書きとの口論など、状況によってはうっとおしいことも無いわけじゃありませんけれど、考えることを生業としていくことは、それを避けられない状況に常におかれるということでもあります。だから逆にそうじゃない状況にあるとき、うっかり考えることを諦めてしまわないようどこかで自分を見ている必要があるのかもしれないなあと。
ところでお喋りを続けていくためには、互いに「言葉を共有している」必要があるのですよね。考え方や生きてきた世界によって、共有している言葉の数は自然と変わってくるのものですが、はじめからたくさんの言葉を共有できている人との出会いも稀にあります。それは嬉しい出会いです。
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