物書き同士の話を聞いているのは楽しいです。
あるときは東京近郊の物書きの友人宅の庭で焚き火をしながら、またあるときは信州にたたずむ丸太小屋のスウェーデン製のストーブの周りで、そして我が家のテレビの前の雑然としたじゅうたんの上で。地球上のどこでも彼らはえんえんと語り合っています。政治のこと、社会のこと、ネットのこと、文化のこと、ライフスタイルのこと。
「時代をこう切り取ってみたときにね、自分はこう考えるんだけども・・」と、世の中に発表する前の自分の考えについて同業者の意見を聞いているようでもあります。物書きとはいわば共感を得る仕事でもあるわけなので、その切り口が自分だけの思い込みでないかどうか、プロの物書き同士で確認しあっているということなのかもしれません。
書くことが専門なのですから、寡黙な方も必ずやいるはずなのですが、わたしのまわりの物書き業の皆さんはどうも饒舌タイプ。類が友を呼んでいるのかもしれませんが、でもやっぱり物申したいことがあるから物書きや作家になっているということなのだろうなーとも思うわけなのです。
週刊誌で仕事をしていたときは、毎週決まった時間に編集者のお抱えライターが集結、ひととおりページ構成と分担する記事の打ち合わせを行った後、それじゃ行きますかと、皆で近場の飲み屋さんに移動し、とめどない情報交換をしてから、9時ごろ編集部に戻り、赤い顔しながらパタパタキーボードを叩くというのがお決まりのパターンでした。で、深夜に原稿を書き終えると、終わったもの同士でタクシーに乗って六本木などに行き、明るくなるまで情報交換大会の続きをします。
たくさん話したうちのたいていのことは忘れてしまったりするけれど、思いがけず心に響いたりヒントになることもあったりして、そうやって知性に刺激を与え合いながら、また散り散りになってそれぞれのライフワークに戻っていく。もちろんそんなこと何十年もやっていたら身体持ちませんけど、でもあのころの横の繋がりは、プロとして記事を紡いでいく姿勢とか、事実への見方の違いを意見しあう面白さとか、人生何が悲しいことで何が楽しいことなのかとかを考えるとても良い機会になったと思っています。
サラリーウーマンになって、このキャッチボールをする機会がほとんどないことに気がつきました。ビジネスのなかには核心に触れる話題をするための要素があまりないため仕方がないのだと思いますが、自然とボールを投げる機会が日常生活の中から減り、深い話をするきっかけを失ってしまうのは少し残念だなあと思いました。
結局、5年間会社勤めをしていた間に、仕事においても、そういう意味で人間臭い人には一人しか出会えませんでした。深い人間が少ない・・ということでは決してないので、コミュニケーションのとり方がマスコミ界とはぜんぜん違うことを痛感したわけです。
物書きとの口論など、状況によってはうっとおしいことも無いわけじゃありませんけれど、考えることを生業としていくことは、それを避けられない状況に常におかれるということでもあります。だから逆にそうじゃない状況にあるとき、うっかり考えることを諦めてしまわないようどこかで自分を見ている必要があるのかもしれないなあと。
ところでお喋りを続けていくためには、互いに「言葉を共有している」必要があるのですよね。考え方や生きてきた世界によって、共有している言葉の数は自然と変わってくるのものですが、はじめからたくさんの言葉を共有できている人との出会いも稀にあります。それは嬉しい出会いです。
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