Tuesday, August 15, 2006

1-5 知名度が無い場合の収入

固定の読者を持たないフリーランスの書き手の場合は、雑誌や編集、リライトなど、何でも屋さんに徹してフル回転で働かないと、会社勤めよりも確実に収入が少なくなってしまいます。雑誌の執筆料はページ数万円程度ですので、1ヶ月に20ページも書けばとりあえず自活できる金額にはなるのですが、初めはそれだけの十分な仕事を確保することがなかなか難しいのです。ボーナスがないのも痛いですね。エアコンが壊れたとか、PC買いなおさなくちゃいけないとか、車検とか旅行とか。まとまったお金が必要なときって、生活の中には結構あるものです。

もちろん、積極的に営業をして、来た依頼をできるだけ引き受けてちゃんと納品していれば、次第に知り合いが増えていって収入は安定してきます。なので、勢いで会社を辞めてしまう前にちょっと冷静になって、準備金や定期収入などを確保してからフリーになったほうがより賢いと言えるでしょう。

余裕はあればあるほどいいですが、2年くらいは安定するまでに時間がかかると考えておけば、少しくらいへこむ時期があっても、そのときだけやりくりしてなんとか乗り越えられそうです。2年というと気が遠くなるかもしれませんが、1ヶ月の予定をフルに埋めることは難しくなくても、それを毎月毎年続けていくことはそう簡単なことではないんですよね。例えば定期的な仕事がひとつ終了することになったとき、代替の仕事をすんなり見つけることができるくらいのコネクションと実績を積み重ねるには、ざっくり年単位で物事を考えるくらいでちょうど良いのではないかなーと思います。

それにしても、わたしが知っている出版社も編集プロダクションも、いつも人出も書き手も足りなくて困っているように見えるのですが、これは供給と需要の接点が少ないためなんでしょうか。疑問です。

最近は、個人でブログを書いていて人気があり、フリーになる前からネットの世界で名前が知られている場合もありますよね。出版社に認められなければ本が出せない、コネがなくては雑誌に書けないという壁を越えずとも、気軽にネットで一般に文章を公開できるようになり、プロとアマチュアの境界線は急速に曖昧になってきています。既存の物書きには脅威の現象であるともいえますけど、工夫ややる気次第で執筆者開業への道はばっちり開けると思います。

Monday, August 14, 2006

1-4 物書きの収入

そんなわけで、適度に緩い生活を送ってはいますが、いちおう子育てもしていることですし、家のローンも払わなくちゃならないので、収入のこともちゃんと考えなくちゃいけません。

物書きの収入は、月刊誌への連載や編集、単行本の印税などの定期的なものと、雑誌記事の執筆や講演会などの単発のものに分かれます。ベストセラー作家でない限りは、物書きの単価はあまり高くありません。それでも単行本であれば少しはまとまった金額になりますが、出版社もリスクを考えるので、初版はそこそこの部数で様子を見るところが多いようです。

ちなみに印税というのは、執筆者の場合で10パーセント、翻訳の場合は7パーセント程度。1000円の本が1冊売れると100円の収入になる計算です。100冊で1万円、千冊で10万円ですね。

じゃあ初版でできるだけたくさん刷ってくれるところのほうがいいんじゃないのという気もしますが、長い目で見ると、やや少なめの刷り部数でも本を大事に出し続けてくれる出版社のほうが、書き手にとってはありがたいです。わっと刷って売れ残った本を断裁するというのはなんとも物哀しいことですし。

講演会はおもにカルチャーセンターなどの一般向けの教室と、図書館や美術館や書店でのイベント、NPOや学校などの慈善・教育団体からの依頼の3つのタイプに分かれます。講演料は主催者によっても語り手によってもかなり違うので一概に言えないのですが、拘束時間を考えると、比較的条件の良い仕事かもしれないですね。さらにさまざまな分野での知り合いも増えるし、いろいろな意味で付加価値が高いです。

そういえば、連れ合いが講演の謝礼代わりに、手作りの食べ物や有機野菜とかを持ち帰ってきたことがありました。自然保護などの心ある活動をしている方々が主催者で、もちろん家族で「おいしいねー」とありがたくいただきました。勤めているとなかなかできませんが、仕事を通じて社会貢献ができるのはフリーのクリエイターの特権ですもんね。

Sunday, August 13, 2006

1-3 物書きの暮らし

連れ合いはもともと雑誌の編集長などをやっていましたが、現在は主に、単行本の執筆や翻訳、メルマガやWEBページの編集、講演会などを行なっています。講演会の運営スタッフや編集者との打ち合わせで月に3~4日は都心などに出かけていきますが、基本的には我が家の2階でぱたぱたとキーボードをたたくのが仕事です。

物書きというと、夜更かし朝寝坊というイメージですけれど、彼は早起きタイプなので、朝はさくっと起きてコーヒーを入れ、残りの家族をはっしはっしと起こしてくれます。騒々しく子供を送り出して家事を片付けると、彼はコーヒー片手に仕事場に向かい、わたしも入れてもらったコーヒー片手にPCの前に直行。それぞれの長くて幸せな日中の始まりはじまりです。

クリエイティブな作業の場合、まとまった時間のかたまりが無いと、仕事が全然はかどりません。いったん思考が途切れると、もう一度元の状態まで戻すのに時間がかかってしまうからです。場合によっては、二度と戻れないことだってあります。考えるだに恐ろしいですね。なので、子供が小さなうちは、思考がぶつぶつ途切れてしまうことが悩みの種でした。

赤ちゃんのときは1時間くらい、幼稚園のときはだいたい3時間くらい。小学生になると5,6時間くらいと、かたまり時間がだいぶ長くなり、中学生の今では日によって半日以上の仕事時間が確保できるようにまでなりました。

子供が複数だったり年が離れていたりすると多少時間確保までの期間が伸びますが、でもこの「大変」には必ず「終わり」がある。そういう意味では、子供って本当に着実に育ってくれるのでありがたいですよね。もっとも、あんまり帰宅が遅いのもそれはそれで問題なのですけど。

家で仕事をしていると、否が応でも家に関するいっさいがっさいに関わらざるを得なくなりますが、締め切り真っ最中には、パートナーの問いかけへの返事すらまともにできないことがよくあります。

そんなときに一番聞きたくない言葉のナンバーワンが「ごはん、どうしようか?」です。もちろん「そんなこと、自分でお考えなさい」という雰囲気がそこいらじゅうに漂いますから、おなかが減って我慢が出来なくなった人が、昼食の出前を頼んだりコンビニに走るなどして食べ物を調達してくるしかありません。

でも余裕があるときは、ふたりで誘い合って近くの街までぶらぶらランチに出かけます。ついでに買い物をしたり、喫茶店で本を片手にコーヒーを飲んだりして、いっとき自由人であることを楽しみ、平和な風景をかみ締めつつ帰宅します。ときどき華やかな場所に出かけていくことはありますが、基本的にはこんな感じの地味な生活を送っています。

Saturday, August 12, 2006

1-2 在宅にいたる道

在宅にいたる道は少しだけ紆余曲折がありました。

そもそも在宅を考え始めたのは、もうちょっと硬派な理由からでした。タスクオーバーのために人生2度目の円形脱毛症になったとか、家族放置のし過ぎで子供と連れ合いがふたりでグレだしたとか、週末はいつも使い物にならないほど憔悴しきっていたとか、それでも布団から這いずりだしてヨロヨロしながらパソコンに向かわなくちゃならなくて、もう精も魂も使い果たしてしまったとか、そういった類のことですね。

でも理解ある会社だったので、相談を持ちかけたところ、「では、家族の世話をするためということで、週4日の在宅勤務を認めましょう」ということになりました。会社としても初の試みだったので、制度としての歪みは若干あったものの、それは本当に画期的でありがたい措置でした。この新しい制度が無かったら、間違いなくわたしはもっと早い段階で退職していたと思います。 これから世の中は、ますます個々の事情に合わせて、もっとバリエーションのある働き方を選択できる時代になっていくでしょう。その意味では会社員の未来は明るい!と言えますね。

でもわたしの未来はそこにはなかった(大げさな・・)。

なので、好きな会社ではありましたが、2年ほどの在宅勤務ののち退職。それから数ヵ月後、ようやく腹をくくって再びフリーランスとして自宅で仕事をすることになったわけです。

再びというのは、実はこの会社で勤め始めるまで、わたしは社会人人生のほとんどをフリーランスで過ごしてきました。連れ合いにいたっては、大学を出てから一度も会社に入ったことがない団塊の世代という筋金入りのフリー人です。

そういうわけで、家風的にも組織に所属しないことには慣れっこになっていたわけなのですが、それでもいったん獲得した「安定」を自ら手放すのには多少の思い切りが必要でした。もし一度もフリーになった経験が無かったとしたら、きっとかなり強い気持ちで「えいやっ」と決断しなくてはならなかったかもしれないです。